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ラテン碑文サーチへのリンク

[画像:ナポリ考古学博物館所蔵の墓碑. 撮影:サイト管理者]
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ラテン碑文サーチ
ラテン碑文サーチとは、ROMA-KEN.comのDBに収集・所蔵している古代ローマ時代の碑文を検索及び表示させる為のツールである。

テキストの出典元
Iscrizioni Funerarie Romane, ( a cura di Lidia Storoni Mazzolani), BUR, 2000(quarta edizione)

この碑文集は、ラテン語原典にイタリア語の対訳付きであるが、サイト管理者が邦文に訳し変えた。

運用の目的
古代ローマ時代の墓碑銘や他の碑文を紹介することで、ローマ人の碑文に対する意識、あるいは、碑文から垣間見ることの出来る当時の人々の死生観や人生観、名誉への渇望、もしくは家族や友人に向ける眼差しを理解してゆこうとするもの。

件数こそ限定的ではあるが、ラテン碑文の情報の共有化を図ってゆきたい。

古代ローマ帝国の碑文とは?
古代ローマ社会では、碑文が大量に製作されていた。そのほとんどは何らかの記念碑に付属するものであり、当時の社会では都市の内部、あるいは墓地の至る所で乱立する記念碑と共に碑文を目にすることが出来た。
こうしたラテン碑文の多くが帝政前期、特に2世紀から3世紀前半にかけて集中して見つかっており、ローマ史研究者の間では"monumental culture"(*記念碑文化)と言う用語で説明される程までに碑文製作は文化現象となっていた。
このラテン碑文は現在までに約30万点が知られており、日々、その出土件数は増加しているが、その内の7割程度が墓碑銘である。そして、ラテン碑文の大きな特徴の一つが、こうした墓碑銘に生前に獲得した名誉、職業、あるいは感情表現や愛情表現がしばしば刻まれていたことである。古代ローマにおける墓碑銘製作とは、現代の我々にとってのHP等と同様に他者に向けた明確な「意思表明」の手段であり、重要なメディアであったと言える。

誰が碑文を製作したのか?
古代ローマ社会において、碑文製作、とりわけ墓碑銘製作に身分による排除はなかった。皇帝であれ奴隷であれ、等しく墓碑銘製作に参与し得たと言う事実は非常に興味深いことである。「ローマ社会における奴隷とは何者であったか?」我々が奴隷の墓碑銘を読む時、しばしばこうした疑問を抱くのではないだろうか。古代ローマにおける墓碑銘製作は、この社会のダイナミズムを体現していたのである。

検索結果の項目
ラテン碑文サーチによって得られた検索結果の各項目については以下の通り。

  • IFR-Nr: IFRとは、出典元を意味し、Nrは、その所蔵番号を意味する。
  • literature: ラテン碑文が所蔵されている文献を示す。CIL,etc...
  • City: 碑文の出土した都市。
  • Date: 碑文が製作された年代。
  • Text: ラテン碑文原典。ただし、記述法は、IFRの記載の通り。
  • 訳: ラテン碑文の邦語化。訳出に際し、IFRのラテン語及びイタリア語を参照。
  • 現在までのDBへの所蔵件数
    23件/155件(最終更新日:2008年3月2日)

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